Diversion

俳優13年⇒学童の先生2年⇒現在飲食業サラリーマン。珈琲豆焙煎人でもある宇高海渡のユルかったり熱かったりするblogです。記事の内容は随時添削する事が多いので、あなたが訪れた2.3日後には少しずつ変化しているかもしれません。ご了承下さい

演技とトランス

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どうも。海渡です。

 

今回は演技とトランスについて、私の実体験を混えて書いてみたいと思います。

 

よく世間で「憑依型」と表現される俳優がいます。

 

その人自身の人格でない人格が、あたかも「乗り移っている様な」演技、立ち居振る舞いを指します。

 

この表現及び、そういった演技をする俳優が良いか悪いか、正しいかそうでないかは置いておき…

 

私も同様の体験を、役へのアプローチのエクササイズでも、本番でも体験した事が沢山あります。

 

宗教の世界でも、トランス状態になる方法として瞑想や念仏、苦行、音楽と踊りを使うなど様々なものがありますね。

いわゆる催眠術の様なものであったり。

 

それと同じ様な現象が、演技術でも起こる事があるのです。

 

仮面を使った劇では特に、そのような現象を起こしやすく、観ていて本当にその仮面が生きた人間の表情として見えてくるものです。

 

役作りの方法論は多岐に渡りますが、どの方法も突き詰めていくと、いかにその役(人物)を生きた存在として自分が表現できるか…という事。

 

役と自分の身体、精神が役のものに、またはどちらも存在している状態になった時、トランスを起こしやすくなります。

 

その状態になると、役として自分が喋っている、相手役と役としてその場に生き、反応していることが当然のことのような感覚になります。

 

普段の生活、私たちが行なっている日常と変わらないレベルで、リハーサル室あるいは舞台上に存在しているのです。

 

この状態になると、時間経過の感覚も本来の自分の感覚とは別の感じ方になります。

実際には1時間の出来事が、20分以上のものに感じたり、その逆だったり。

 

通常の社会生活を送る為に、どれだけ自分の潜在的感覚をロックしているかを感じます。

それを解放した時、今までにない感覚と、新しい役の思考、行動を体験したりもします。

 

気をつけなければいけないのは、トランス状態になることによって「暴走」する前にストップをかけられるように訓練する事です。

 

トランス状態で自我を完全に放り投げてしまうと、暴走してしまい自分本位の行動しか取れなくなります。

 

そうなると、俳優としての信頼関係も何もなくなり、誰とも交流できなくなってしまいます。

 

私の言葉でいうと、「半トランス状態」

にいかにアプローチするか、その状態で相手役と交流すること、同時に観客と同調することに集中し続けられるかが重要です。

 

そうすれば、「表現」として成立するし、「芸術」としても成立するものだと考えています。

 

今回はこの辺りで、ではまた。